ドーナツの穴

ドーナツはドーナツの穴に先立つが、ドーナツの穴なくしてドーナツはドーナツとは判別できない。つまりこの世は等しくまやかしであると言うことだ。

【短編小説】ゾンビ技術とかなんとか

 

 

 

 

 

積極的な延命治療を希望しない尊厳死を肯定することを定めた通称、尊厳死法と言うものが国会で議決されたのは何年前だったろうか。それまで独断で尊厳死を認めた医者が殺人罪で訴えられることも多く、医者の減少の一端にもなっていたと言われる。

この法案を通した当時の与党は優秀であったと言えるだろう。だが、与党が優秀だからと言って、野党までも優秀だとは限らない。当時の野党は、野党たる責務を勘違いしていた。

「とりあえず与党の意見を反対しておく」

それが当時の野党の掲げる理念であった。

で、その理念はもちろん尊厳死法にも適用された。まあそれだけなら悪いと言われることはなかっただろう。だが、この野党は無能なのだ。彼らが何を言ったのか。国民の代表たる彼らが言い出したことは、国民が一人として想像していないことだっただろう。

「尊厳を持って死ぬことを認めるのならば、尊厳を持って生きることも認めるべきだ」そんなことを言い出したのだ。

与党と野党の勢力が拮抗していた当時、それは受け入れられてしまった。

その結果、生に執着する一部の金持ち達が我先にと尊厳生を行い始めた。

尊厳生とは何か。まず肉体の老いを超越すると、脳以外を全て機械化した。

まあそれは良かった。一昔前であれば人と同サイズのヒューマノイドなどまともにうごかせなかったと言われているが、技術は進歩しており、会社の受付などはスタンドアローンの等身大ヒューマノイドが行なっている時代だし、見た目も人間と区別できない。違いと言ったらせいぜい襟足に緊急充電用のコネクタがある程度だ。だから技術的な心配もなかったし、社会にもなんの問題もなく受け入れられたし、繰り返されることによってコストも下がり、機械化による尊厳性は広く社会に浸透し始めた。

法案が施行されて初めの20年は問題もなかったと聞く。だが、今はこれが社会問題とかしている。

当時誰も思い至らなかった問題点が、時間経過によって判明したのだ。

そう、人の脳には活動限界があるのだ。それは、たとえ医学が進歩しても変わらないと1世紀以上前から言われていたことだ。

で、法案施行で真っ先に体を機械化した人たちの脳が限界を迎え始めてしまったのだ。

「限界を迎えたら死ぬのではないか?」

普通ならそう考える。当たり前のことだ。だが実状は違うのだ。

尊厳死が「延命治療をせず、ありのままで死ぬ」であるのに対し、

尊厳生は「延命治療して、姿形を変えてでも生き続ける」なのだ。

だから尊厳生を選択した人物の脳は限界を迎えても死なない。より適切に言うのならば、『死ねない』

だから死んでいるのに死んでいない。そんな人々のことを、誰が呼び始めたのだろう、どこかの宗教の動く死体の名前を用いて『ゾンビ』と呼んだ。

 

尊厳生は生を選んだのだ。だから、たとえ脳が寿命を迎えていても、外的要因によって死ぬことはまずないし、殺すことも法制度上不可能だ。それに、たとえ脳が死んでいても自主性なく体は動く。体が動く以上、尊厳死法以外の法律に照らしてもそれは「文句なく生きている状態」になってしまうため、家族が代理で尊厳死を選択することもできない。秩序なく動き回るゾンビは、今や社会問題なのだ。それでもゾンビが秩序なく行動するだけで、大きく法を逸脱するような行為をしないのは、せめて幸いと言うべきなのかもしれないが。

 

尊厳死法を成立させてから何度か与野党は入れ替わっているが、今は当時と同じだ。

ゾンビが社会問題になっているから、尊厳死法から尊厳生の部分を消そうと与党が主張しても、自分たちのミスを認めたくない野党が必死にそれを阻止している。

議員の中にもゾンビになってしまった者もいる有様だ。

 

なかなか修正法案を通さない野党にしびれを切らした若者が、ゾンビに襲いかかり殺害すると言う事件もあった。

殺人罪で起訴されたその若者は、検察も、弁護側も、一応裁判をやっただけで、当然無罪になるだろうと思っていたが、実際は違った。その若者は死刑に処された。

理由は公にはされていない。巷では「見せしめだろう」程度の噂にしかならなかったその事件の真相は、まさしく「事実は小説よりも奇なり」と形容するにふさわしい。

本当の理由は、裁判官が尊厳生をを選択した人物であったこと。その裁判官は、何年後かに自分が殺されることを恐れたのだろう。だから、若者を極刑に処した。

それだけなら、まだ法務大臣の執行命令で止めることもできただろう。だが、法務大臣も尊厳生で機械化していたのだ。だから、若者は死刑に処されたのだ。

 

死んだ者を殺して。殺した者が死刑になる。この一見成り立たない文章が成り立ってしまった。

 

 

こんな文章を成立させる法律の文章を削除する。それだけのことができないのだ。野党にはもっと、野党のなんたるかを考え、そして物事の本質を見据えて行動してほしい者だ。自分のミスを隠して、相手ばかりを批判する。幼稚園児ではあるまいだろうに。

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。