ドーナツの穴

ドーナツはドーナツの穴に先立つが、ドーナツの穴なくしてドーナツはドーナツとは判別できない。つまりこの世は等しくまやかしであると言うことだ。

メディアの仕事

「メディア」の目的とは何だろうか。

情報を多くの人に伝えること? それは違う。手段だ。

メディアの目的とは、利益を出すこと。一円でも多く稼ぐこと。

そのために必要なことは何だろうか。

視聴率を取ること? それは過程だ。

必要なことは、スポンサーからお金を出してもらうこと。

 

つまりメディアとは、法に反しない限りのことをし、情報を用いて利益を追求する集団だ。

 

だから、今回の海老蔵の件でメディアがとった行動は理にかなった正しい行動だ。

だが、特に今回は多くの人から叩かれている。何故か。

小林麻央が若かったから? ガンだったから? 

これらが原因で原因で海老蔵に同情し、メディアを叩いているのであれば、むしろそれこそメディアが海老蔵宅に押しかけることより悪質であると言わざるを得ない。

 

メディアを叩く彼らは本人の過去のブログを引用してきては「こう思っていたんだ。泣いた」とツイートし、わかった風に「そっとしておいてやれ」ともツイートする。

そんな彼らは、要するに「若くして病で亡くなった」と言うある種の悲劇を楽しんでいるのである。悪質な自慰行為とさえ言えよう。

もちろんここで言う「楽しんでいる」と言うのは興奮する、ワクワクすると言う意味ではない。「享受する」あたりが言い換えとしては妥当だろうか。

 

楽しいと感じるのは、感性によるものだ。感性とはタチが悪いもので、人間が制御できるものではないし、だからと言って簡単に把握できるものではない。

だから彼らは今回のメディアの理性的な行動を感性で、無自覚で批判する。

それは実に気味の悪い光景である。

 

【補足1】

メディアのとった行動を批判すると言うことはどう言うことか。簡単に言うとこうだ。

自分が勤める会社がある日いきなり会社経営に一切関わらない人々からこう言われるのだ「あ、お前の会社、今日から利益出すこと禁止な」

 

【補足2】

今回のことでメディアの行動を叩ける人と言うのは、最近であれば少なくとも野際陽子渡瀬恒彦の時にも同様にメディアを叩いている人である。

 

【補足3】

何か言葉が足りない気もするが賢明な読者諸君なら補って読んでくれるだろう。

 

【補足4】

敬称略